ネタバレを含みますので、特にMGS2、MGS4を未プレイの方は注意して御覧ください。
最近コジステ(小島プロダクション公式YouTube生放送)でもMGS2が取り上げられたりしてるんで、僕もMGS2のストーリーについて考察を書いてみようと思います。 と言ってもMGS4の内容、特にリキッド・オセロットの行動の意味についても内容が共通している部分があるので その辺も絡ませて書きたいと思います。 すでに当サイトの用語辞典といったコンテンツ(特にS3計画など)で 書いている内容にかぶるところもありますが、まぁ情報の整理ということで。
まず『METAL GEAR SOLID 2』というお話で大きな柱となっている要素をおさらいします。 先に用語辞典のS3計画を読んでいただけると良いのですが…、 まるでそれ自体が意識を持っているかのように振る舞い始めた人間社会のシステムが 人間の意志をコントロールするための手段を手に入れてしまうというお話、それがMGS2です。 MGSに関して言えばそんな存在のタネ明かしっていうのは"愛国者達"と呼ばれる”AI(人工知能)”による社会支配って話なんですが、 そんな支配者のカタチ、正体はどうでもいいんです。 本来は人間一人ひとりが自由に言葉を残し作り上げる人生=ストーリーの集合体が社会であるはずなのに、 社会システム、つまり文化そのものが自分で自分を生成するようになってしまい、その中に人間の自由意志というものも 組み込まれていってしまう……それが重要なことであり、制作者がプレイヤーに突きつけた恐ろしいお話なんですね。
現実世界でも影響力っていうのは少数の人間に集中していますよね。 単純に社会的権力の強い人間、宗教の教祖、カリスマ的な人気を誇るアーティスト、アイドル…。 そんな人間への従順や憧れから僕達の常識や社会の流行は作られています。 だからあながちS3なんてものは非現実的なものでもないんです。 実際はどんなプロセスなんだろうって話は野暮ですが、心理学とかに通じるものかもしれませんね。
話が逸れましたが、とにかくスネークたちが暮らす世界では 文化というシステムが手に入れたS3というプロセスが現実をフィクションに変えてしまいました。 記事のタイトルにもありますが、MGS2というお話はフィクションの中にあるフィクションなんです。 役者の役をする役者が登場するお話とでもいいますか…。 スネークや雷電、ソリダスたちはそもそもフィクションの中の登場人物ですが、 そのメタルギアソリッドの世界の中でさえもS3の支配下ではただの映画の登場人物なのです。 S3は人間の選択を無意識のうちに操り、ある環境の中であらかじめ設定したストーリーを展開させます。 MGS2のビッグシェル占拠事件っていうのはS3うまくいくかな~っていう愛国者達の実験です。 プレイヤーがゲームをクリアしてしまう…雷電がミッションを達成してしまうことは すなわちS3の完成を意味するんです。
しかし、そんなシステムも『METAL GEAR SOLID 4』のお話でついにバラバラに解体されます。 それはかつて愛国者達の創設に関わったオセロットという男が 組み立てた壮大な計画により達成されます。 彼もまたS3の支配下で役割を演じる存在に過ぎませんでしたが、 MGS4ではそこから脱出し、愛国者達を滅ぼします。 MGS4もMGS2と同じくフィクションの中のフィクションでした。しかしストーリーを紡いでいたのは 愛国者達ではなくオセロットだったのです。
目には目をという感じで…、オセロットもまたS3を逆に利用してやることによって、 スネークやオタコン、雷電、ナオミたちだけでなく、脚本の中になんと愛国者達をも役者として組み込んでしまったのです。 オセロットが組み上げたストーリーはプレイヤーが体験した通りです。 愛国者達のシステムを乗っ取って世界を支配しようとするリキッドという男をスネークという英雄が倒すストーリー…、 そして愛国者達は自分を脅かすリキッドを抹殺しようとするスネークを影から支援する役でした。
そもそもここで言うリキッドとはリキッド・オセロットのことですが、 オセロットは自己暗示によって本当に自分をリキッド・スネークだと錯覚させ、 そんな自分自身をも彼が作ったストーリーの中に放り込んだのです。 例えるなら、リキッド・オセロットとは『ガンズ・オブ・ザ・パトリオット』という映画における 『役名:リキッド・スネーク(キャスト:オセロット)』 って感じなんですね笑。とは言っても演技ではなくオセロットは彼が作ったストーリーが完結するまでは 暗示にかかっていたわけですけども。 MGS4のラストにおける『他人に完全になりきるなど不可能だが、ある環境下(ストーリー)で役割を担わせて特定の人格のフリをすることはできる』 といったビッグボスのセリフはこれを意味しているわけです。 条件が限られているストーリーという枠組みが終わってしまったら、その外にある他人の人生なんて再現できません。 スネークやリキッドがプライベートでは何をしているか、これからの人生でどんなものに興味を持つかなんてオセロットにも分かるはずありませんよね笑。
とにかく、オセロットが用意したストーリーに従って、スネーク、オタコン、雷電、ナオミたちや愛国者達、さらには悪役リキッドに扮した彼自身もが それぞれ役割を演じ、愛国者達のAIはこの世から消えました。
こんなフィクションの中のフィクションであるMGS4においても、サニーはオセロットやナオミの作った枠組みを超えて ワームクラスターに自分の想いを反映させた仕組みを施しました。 自由意志が奪われていた世界の消滅において、まだ幼く未来のあるサニーの自由意志が活躍するというのも気持ちいい終わり方でいいですね。
それとラストのスネークとリキッドの殴り合いですが…、すでにあそこは愛国者達消滅物語が終わったあとですよね。 もしかしたらオセロットは今まで頑張ったスネークとリキッドへ敬意を表し、何より自分へのご褒美を残していたのかもしれませんね笑。 そもそもストーリーを描く上で自分がビッグボスの後継者であるリキッドになるというのも彼のお遊びのような気もしますし笑。
あと書いてて思ったのですが、やはりメッセージ性という点ではMGS2は強烈で、 MGS4はストーリー上のタネ明かしをファンのために行ったという印象が強いですね。 『愛国者達の正体なんてどうでもいい』っていう前半の言葉の説得力が書いてるうちにだんだん弱まっていった気がしますし笑。 まぁでも僕なんかはMGSのキャラクター、世界観が大好きでMGS4を作ってくれたことはとても嬉しかったですし、 物語の収束のためのオセロットの行動というのはそれなりに納得のいく筋書きだったので良かったと思います。
さて、今回はこのへんで終わろうと思います。 こうしてみると僕の大好きなソリッド・スネークはただ踊らされただけの存在に過ぎないっていうイメージが強まってしまって (まぁ間違いではないんですが)個人的には不本意なんですけど笑。 まぁ今回は特にMGS4におけるオセロットの行動に着目したので…、 ソリッド・スネークの魅力についてはまた今度気が向いたら書こうと思います。