長い戦争の歴史の中で、人間たちは自らが支配した土地から 自分たちが受け入れられない人種や価値観を持つ民族を消し去るために 追放、虐殺、強制的教育などを行ってきた。 これによって特定地域において支配者にとって都合のいいように民族を”単一化”させることが 『民族浄化』と呼ばれるものだった。
1970年代に産声を上げた米国の非政府諜報機関サイファーは この先人たちの行動に倣ってマイナー言語を消し去る生物兵器を研究した。 具体的には寄生虫を使う方法が模索され、生物資源の宝庫であるアフリカで推進されたこの計画は 『民族浄化虫計画』と呼ばれた。 最終的には、太古の時代に存在した人間の声帯に寄生する寄生虫”声帯虫”が その実験サンプルとして選ばれ、これを用いた『特定の言語を喋る人間を殺害する』兵器が研究された。 サイファーの目的は、全人類の『無意識の支配』。 人間の思考をコントロールするには、思考のカタチそのものである言語が統一されているほど容易である。 似通った意味であっても、英語を使って別の言語で表される概念や人の気持ちを完璧に再現することはできない。 このためこの計画に関わった老科学者コードトーカーは サイファーが世界の英語化を主な目的として民族浄化虫計画を推進しているだろうという見解を示した。
しかし、この民族浄化虫は所詮世間にその存在と効果が認知されていない場合にのみ有効である。 また、”言語”でのみ人間を識別することは民族という大きな枠組、あるいはそれすらも曖昧になる可能性があり、 ゼロは世界の統治のためには言語の識別よりも より単一的な個人を特定できる”遺伝子技術”こそが重要であると考えていた。 そのためサイファーにとって声帯虫を用いた実験は 遺伝子技術を進歩させるためという目的が主であり、『民族浄化虫計画』は完成を見ることなく破棄されたのだった。 やがて21世紀の未来においてサイファーの高度な遺伝子技術は ”ナノマシン”と呼ばれるハイテク技術と結びつくことで大きな力を創出することになる。
以上のようにサイファー本体にとっては末端の計画でしかなかった民族浄化虫計画だが、 1980年代当時アフリカで指揮を取っていた構成員スカルフェイスという男は 組織にも知らせずに独断でその研究成果を引き継ぎ、自身の野望のため『民族解放虫計画』を 実行に移すこととなる。