たまにはこういうのも書いてみようかと思います。 PS1『メタルギアソリッド1』のテーマに関する僕なりの解釈を交えた考察です。(当然間違えもあると思います) 下手な文章ですがよろしければお付き合いください^^
もちろんゲームをプレイした人向けの記事ですのでネタバレを含みます。 映画などもそうですが、何度も観たり他人の意見を聞くことでその本質に迫り、 よりその作品を好きになれることがあると思います。そんな手助けになれれば嬉しいです。
はじめに、MGS1のテーマが遺伝子であるということはファンの間では既に常識と言えるでしょう。 僕はMGS1が大好きなのですが、最大の理由はこの遺伝子とは一体何なのかを伝えるための設定、登場人物の配置とストーリー展開が とても上手いと感じるからです。
まず一つ目の要素として、主人公(スネーク)と敵(リキッド)が同じ人間を再現するために生み出されたクローンで 双子の兄弟であるということ。 双子の兄弟でありながら考え方が全く異なるこの2人。スネークは自分のDNAに書き込まれていることなど微塵も気にしていませんでした。 それに対しリキッドは、”遺伝子”というものが人間の運命を決定づけてしまうものだと信じて恐れ続けていました。 この対比が本作ではとても重要な要素です。
そして二つ目の要素として、特定の遺伝子配列に反応して人を殺すウイルス兵器”FOXDIE(フォックスダイ)”の存在です。 まさにリキッドが恐れていることを証明しようとしているようなウイルスですね。
物語の最後、リキッドはあと一歩でスネークを仕留められるというところでFOXDIEによる心臓発作で倒れます。 しかし同じ遺伝子配列であるはずのスネークには発作は現れませんでした。 この時ナオミ・ハンターはスネークに対して「生き方を決めるのはあなた」とだけ告げ、 なぜスネークは助かったのかを話しませんでした。 多くのプレイヤーが「?」となったでしょう。僕もそうでした。
これついてはメタルギアソリッド4でその理由が明かされましたが、正直言って蛇足のようにしか感じませんでした。 多くのプレイヤーがその理由を求めた結果、設定の後付け、もしくはあえて説明しなかった設定を説明したのだと思います。 なにせMGS1からMGS4で発売が10年離れてますからね。
さてここからが重要なのですが、よくよく考えてみると、スネークに発作が現れなかった”理由”なんてどうでもいいと思うんです。 もしかしたらウイルスのプログラムが間違っていたのかもしれない、ナオミがナノマシンを使って助けてくれたのかもしれない、などと 当時プレイヤーは色々考えたと思いますが、とにかく「理由は分からないけどスネークは死ななかった」という”事実”こそが、 今作のテーマである”遺伝子の本質”を伝えているのではないでしょうか。
要するに語り手は、遺伝子とは人の人生を決定付けるものなどではなく、単なる”可能性”であるということを伝えたかったのだと思います。 生まれ持った遺伝子によってその人生は大きく左右されるけれど、本人の生き方や考え方でその結末、運命は変えることができるということを。
同じ遺伝子を持つ双子の兄弟。 遺伝子に囚われ続けた片割れは死に、自分の人間としての可能性を信じた片割れは生き残った。 その”事実”こそが重要なのです。